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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)1520号 判決 1989年1月24日

主文

被告人を禁錮一年四月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和六三年三月二六日午後零時三五分ころ、業務として大型貨物自動車を運転し、茨城県鹿島郡神栖町大字高浜四〇〇八番地先の交通整理の行われていない交差点を潮来町方面から波崎町方面に向かい直進するに当たり、同交差点手前には一時停止の道路標識が設置されていたのであり、かつ、下部路面には、停止線を示す道路標示があったのであるから、同交差点のその停止位置で一時停止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、交通が閑散であったことに気を許し、同交差点の停止位置で一時停止しないまま漫然時速約四〇キロメートルで進行した過失により、折から右方道路から進行してきたA子(当時三六歳)運転の普通貨物自動車を右前方約一二・九メートルに迫って初めて発見し、急制動の措置を講じたが及ばず、同車に自車を衝突させ、よって、同人に全治二か月間を要する左外傷性気胸、左肋骨多発骨折の傷害を負わせ

第二  同年六月八日午前一一時四四分ころ、業務として大型貨物自動車を運転し、東京都大田区東糀谷三丁目一八番九号先の信号機により交通整理の行われている交差点を、青色信号に従い、大鳥居方面から首都高速道路入口方面に向かい左折進行し、同交差点の左折方向出口に設けられた横断歩道の手前で一時停止後発進するに当たり、同車両左側方部分に死角があり、左方から右方に向け横断しようとする歩行者、自転車等を発見することが困難な状況にあり、しかも、現に同横断歩道上を右方から左方に横断してきた自転車二台を認めてこれをやりすごしたのであって、同横断歩道上を左方から右方に横断する歩行者、自転車等があり、これらが一時停止した間に死角内に入りこむことが十分予想されたのであるから、助手席側に身を乗り出すなどして左側方の死角内に歩行者、自転車等のないことを確認した上発進すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、死角内に歩行者、自転車等がないものと軽信して漫然発進した過失により、折から青色信号に従い、同横断歩道上を左方から右方に向けて進行中のB子(当時三一歳)運転の自転車に気が付かないまま同車に自車を衝突させ、同人及び自転車後部に乗車していたC子(当時二歳)を路上に転倒させた上、B子を轢過し、よって、同人に頭蓋内損傷の傷害を負わせ、同日午後零時一〇分ころ、同区東糀谷三丁目三番二四号所在の高野病院において右傷害により死亡させ、C子に加療約一か月間を要する全身打撲、右鎖骨骨折、骨盤骨折等の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

弁護人は、判示第二の事実について、被告人が、横断歩道手前で一時停止した後、発進するに当たり、自車左側方の死角内の歩行者、自転車等の有無を確認すべく、助手席側に身を乗り出すとなると、両手を車内上下に突き、運転席から腰を浮かし、腰部を助手席まで移動しなければならず、この姿勢は不安定、不自然であって、この姿勢をとることを要求することは不可能である上、右のような方法で死角内の安全を確認することは交通渋滞を招くおそれがあり、被告人にはそのような義務はない旨主張する。

しかしながら、関係証拠によると、本件事故が発生したのは昭和六三年六月八日午前一一時四四分ころであり、現場は東京都大田区内の人家、マンション、商店等が建ち並ぶ市街地で、信号機により交通整理の行われている交差点及びその北側出口に設置された横断歩道であること、被告人は、対面信号機の表示が赤色であったため、同交差点入口の停止線手前で停止した後、同信号機の表示が赤色から青色に変わり、左折進行したが、同交差点出口の右横断歩道上を右方から左方に横断してきた自転車二台を認め、その通過を待つべく、右横断歩道手前で一時停止し、まもなく右自転車が自車の前部を通過したので、発進を開始したこと、被告人運転車両は、車体の長さ八・八六メートル、幅二・四九メートル、高さ三・〇二メートルの大型貨物自動車であって、助手席側のドアに死角防止のための補助窓がないため、運転席からの自車左側方への視認可能範囲が極めて狭いこと、被告人が発進した際、被害者B子運転の自転車は、被告人車の左側方の横断歩道上を左方から右方に向けて横断中であって、被告人運転車両の死角内に入っていたことがそれぞれ認められる。

以上の事情を総合すると、本件現場は人家等の建ち並ぶ市街地であり、事故の起きた時間帯からすると、通行している歩行者、自転車等が多いことが推認され、被告人が一時停止している間に、歩行者、自転車等が自車左側方の死角に入ることも当然予想される上、そのような歩行者、自転車等においては、左折態勢にある被告人車両を見ても、大型車両の死角の存在を知らない限り、当然に自己の通行を認識して被告人車両の前を通過し終わるまで停止しているものと信頼して横断を開始することは十分予想し得るのであるから、被告人が自車の左側方の歩行者、自転車等の横断者のないことを確認しないまま発進することは許されず、助手席側に身を乗り出すなどして自車左側方の死角内の安全を確認する義務をも負うといわざるを得ない。

なお、仮に、右のような方法で死角内の安全を確認することが交通渋滞を招くおそれがあるとしても、本件の具体的事情のもとにおいては、横断歩道上の横断者の安全確保の見地からして、右注意義務を否定する根拠とはならないものというべきである。

したがって、本件においては、被告人が、横断歩道手前で一時停止後発進するに当たり、助手席側に身を乗り出すなどして自車左側方の歩行者、自転車等の横断者のないことを確認しないまま、これがないものと軽信して発進したため、被害者B子運車の自転車に衝突したことは明らかであるから、被告人に前記の罪となるべき事実において認定した過失があるといわなければならない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、判示第二の所為は各被害者ごとにそれぞれ刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するが、判示第二は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い被害者B子に対する業務上過失致死罪の刑で処断することとし、各所定刑中いずれも禁錮刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮一年四月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、判示第一にあっては、交差点手前に設置された一時停止の標識に気付きながら、これを無視して時速約四〇キロメートルで直進しようとした結果惹起されたものであり、判示第二にあっては、横断歩道手前で一時停止し発進するに当たり、車両左側方の死角内に歩行者、自転車等のないことを確認すべき注意義務を怠り惹起されたものであって、いずれも基本的注意義務に違反したものであり、また、衝撃力の大きな一〇トンダンプの大型貨物自動車によるものであって、危険性が高い事故態様であり、さらに、判示第二の被害者には全く過失はなく、判示第一の被害者にも大きな落度があるとはいえず、その結果も、三一歳の母親を死亡させ、二歳の幼児及び三六歳の男性に骨折を伴う重傷を負わせたものであつて、重大であり、犯情まことに芳しくない。瀕死の状態で横たわつている母親の側で重傷を負った幼児が泣いている痛ましい事故現場や、二人の幼児を残して死亡した母親の無念さを思うと、取り返しのつかない悲惨な事故といわざるを得ず、その被害者の遺族の被害感情は未だ癒されていないことや、職業運転手であるにもかかわらず二か月余りの短期間に続けて二件の大きな事故を起こしていることなどを併せ考えると、被告人の刑事責任は重大であるというべきである。

したがって、被告人が反省の情を示していること、各被害者あるいは遺族との間で示談の成立が見込まれること、被告人には約二〇年前に罰金に処せられた以外に前科がないこと、その他被告人の家族の生活等被告人についても酌むべき諸情状をできるだけ考慮しても、本件が刑の執行を猶予すべき事案であるとは到底認め難く、主文掲記の実刑に処することが相当であるものと思料する。

よつて、主文のとおり判決する。

(求刑禁錮二年)

(裁判長裁判官 豊田健 裁判官 小坂敏幸 森純子)

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